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大阪高等裁判所 昭和36年(く)15号 決定

少年 S

主文

本件抗告を棄却する。

理由

抗告の理由は末尾に添付した抗告申立書副本に記載のとおりである。

少年の保護処分を行うに当つては、少年に対する性格の矯正及び環境調整という観点から個別的にその処分方法を考慮しなければならないことはまことに所論のとおりである。そこで右の見地に立つて原決定の当否を検討するに、本件少年はこれまで非行歴もなく割合まじめに暮していたところ、他の共犯者らと交友するに及びその感化を受けてついに本件犯行に出たものであることがうかがわれるのであるが、本件犯行は、昭和三六年一月八日頃から同年二月一一日頃までの約一ヶ月余の期間に、実に三六回の多きにわたつて、単独もしくは他の共犯者数名と共謀のうえ、原決定に示すような窃盗行為を反覆敢行したという事案であることに徴すると、本件は必ずしも単なる偶発的な一過性の非行とは見られず、むしろある程度常習性を帯びているものと認めるのが相当であり、又前記犯行の動機に鑑みると、右少年については特に交友関係について環境調整の必要を痛感するのであつて、たとえ右少年に内罰的な心的傾向があるとはいえ、在宅による保護、補導によつては右少年の性格矯正や環境調整を十分期待することができないと認めるから、原決定が少年を中等少年院に送致したのはやむをえないところであつて、必ずしも原決定の処分に著しい不当があるとは思われない。

そうだとすると、本件抗告は理由がないから、少年法三三条一項に従い主文のとおり決定をする。

(裁判長判事 小田春雄 判事 竹中義郎 判事 原田修)

別紙

抗告申立書

少年 S

右の者に対する窃盗保護事件について昭和三十六年三月二十九日に大阪家庭裁判所で中等少年院に送致する旨の決定の言渡を受けたが左記の理由によつて不服につき抗告を申立てる。

昭和三十六年四月十日

抗告申立人

附添人弁護士 道工隆三

同 長義孝

同 木村保男

大阪高等裁判所御中

一、原決定は処分が著しく不当であるので取消は免れないものと思料する。以下その理由を詳述する。

二、本件非行の動機並びに態様

(一) 少年は昭和三十五年九月三十日比果合同株式会社に就職中、自己の管理にかかる右会社所有の小型自動車(通称ミゼット)が出先に於て窃盗の被害にかかつた。少年は責任を感じて善後策を考えた結果、本件非行の共犯者等が犯人が処分したと思われる大阪市西成区方面の故買屋等に面識があることを知り、それに捜査を依頼したことから、それまでとかく素行に問題があつて、深い交際のなかつた前記共犯者等とつき合うようになつた。更にその事件直後保護者の同意を得て、保護者の許でかねて面識のあつたC子と内縁関係に入つたが、保護者が、少年に独立自尊の精神を涵養させるには、別居させ独立の家計をもたせるにしくはないと考え、附近のアパートの一室を借受けて少年に与えたため、前記共犯者等が日常絶えず、右アパートに出入するようになり、その交際がますます深まるようになつた。これらが少年が本件非行を犯すに至つた遠因と考えられるものである。

(二) 一九歳の少年となれば、保護者の願望にかかわらず、所詮経済的能力はなかつた。前記共犯者はすでに昭和三十五年十一月頃から非行を重ねており、少年はその事実を知つていて、彼等の金廻りのよさには多少のうらやましいという感じを持つてはいたが、まだ悪の道に入ることは自制していたのである。

しかし、昭和三十六年一月早々胃腸障害により会社を休んだことから、ついあと出社しにくくなり、ずるずると休むようになつたため収入の途がとだえ生活費を捻出する必要が生じたこと、加えて内妻C子が妊娠し、出産するにしろ、中絶するにしろ費用をつくることを余儀なくされたこと、これらが本件非行の近因である。

(三) 非行の態様は極めて悪質であることは十分認めうる。非行回数、被害金額から考えても軽微な事件とは決していえない。しかし非行期間は短く、計画的常習的というよりも、寧ろ成功感の持続による非行の積み重ねとみられるもので、一過性のものといえる。(調査官の意見御参照)。被害金額は約一四一万円にのぼるが、その中九三万円相当の被害品は被害者に還付されており実害は四八万円にとどまる。保護者も極力被害弁償に努力している現状である。

三、保護環境

(一) 保護者は少年の教育については極めて熱心であつた。ただその見通しが甘く方法に於てあやまつていた。前記保護者の許をはなれてC子と同棲したことも、決して保護者が無責任に放任していたというわけではなかつた。そうすることが少年に責任と自覚を持たせるものであると判断したことにほかならない。しかし主観的にはともかくも、客観的にははつきり失敗であつた。この点については保護者はその原因を十分反省し、二度と過ちをくりかやさないことを誓つている。

(二) 少年の精神的経済的能力から考えて、結婚生活を維持していくことは困難である。そこでS、C子双方の本人及びその保護者は十分協議した結果(少年自身の意向については鑑別所に於ける面会、及び少年との手紙のやりとりにより確認している)双方が一まずその関係を清算して精神的経済的に結婚生活を営みうる程度に生育した時に於て、なおかつ、双方愛情を持ちつづけているならば、そのときあらためて正式に結婚することにし、それまで双方は保護者の許に別れて生活をすることに協議がまとまつた。

(三) 少年は手先の器用なたちで工業用デザイン等に深い興味を持つており、もう少し専門的な教育を受ければその方面の才能をのばしていく可能性をもつており、もし少年を保護者の手許にかえして頂け得るならば、保護者はこの方面の大学に進学させて力をつけさせたいと考えている。ただ一生の仕事とするに足るだけの能力があるか否かは未だ不明であり、その見通しがつくまで遊ばせておくことは極めて不適当であるので、暫定的に計理事務所を開設しているC子の父Tのもとで計理事務についての雑用に従事させることを予定している。

(四) 少年が出所退院した場合の保護環境については少年の保護者、C子の両親が打つて一丸となり十全を期すことを誓つており、再犯の危機はないものと考えられる。少年自身も十分反省しており、その反省も拘禁状態に耐えかねて止むなく反省しているというような種類のものではなく、積極的に自己の将来を建て直すという自覚に出発しているものである。

四、結論

本件がもし一般刑事事件であるならば、一般予防の要請や、他の共犯者との刑罰との均衡の要請から、執行猶予の判決をなすに、なお躊躇を感じられる事案であるかも知れない。しかし、これを保護事件という観点からみるならば、他の共犯者と均等な処分をしなければならないという要請が少しもない。少年に対する性格の矯正及び環境の調整という観点から個別的にその処分を考慮すればよいものといえる。少年鑑別所及び大阪家裁調査官が心理学精神医学等の専門的見地から少年は強度の脅迫観念を持つており、少年院に送致することは不適当である旨の意見を出しており、この点については少年に係る社会記録の記載を援用する。

前記の点と先に詳述した非行の動機、態様に於ける少年に有利な情状及びその保護環境に照らすとき、原決定の処分は著しく不当と考えられるので取消を免れないものと考える。

以上

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